So-net無料ブログ作成

『イカの哲学』(中沢新一・波多野一郎)

平和を求める倫理学の本です。
在野の哲学者である波多野一郎さんが1965年に出版した私家本『イカの哲学』の全文収録と、中沢新一さんによる詳しい解説。

波多野さんは、第二次世界大戦で特攻隊とシベリア抑留を体験し、戦後に米国で哲学を学んだ、在野の哲学者だそうです。
『イカの哲学』(1965)は、スタンフォード大大学院生「大助君」に託した私小説風の様式で、戦中戦後の体験や平和哲学に至る思想の流れを説明した作品です。
もちろん「大助君」は、波多野さん自身に重なる部分が多いので、自伝的哲学エッセイ、とも言えそうです。
とても易しい文体なので、15歳くらいでも十分に読み通せることでしょう。

「大助君」は、アルバイトのイカ漁手伝いの作業をしている内に、目の前のイカと自らの体験とに共通点を見出します。
予定された死を待つだけだった特攻隊の体験は、網から外されてベルトコンベヤーに載せられたイカの状況と同じなのではないか。
そこから始まる空想は、シベリヤ抑留で共産主義を強制されたことや、米国留学で資本主義を体験しつつあることに向かいます。
そして、再びイカの「実存」に思いを向けた時に、次のような「大発見」をするのです。
「人間世界においては、思想の相違が戦争の原因であるのだ!」
・・・ 「そうだよ!! 大切なことは実存を知り、且つ、感じるということだ。たとえ、それが一疋のイカのごとくつまらぬ存在であろうとも、その小さな生あるものの実存を感知するということが大事なことなのだ。その事を発展させると、遠い距離にある異国に住む人の実存を知覚するという道に達するに相違ないのだ。」
今や、彼は数万のイカとの対面を続けている中に、世界平和のための鍵を見付け出したのであります。・・・

『イカの哲学』(1965)はまだ続きます。
「在来の単なるヒューマニズムは、・・・それ自体には、戦争を喰い止めるだけの力がない。」
なぜならば、「人間以外の生物の生命に対しても敬意を持つことに関心のない在来の人間尊重主義は理論的に弱」いからです。

細かい所を除くと、ほぼ同感です。
ここで言う「実存」とは、「知性」を持った「生命」、というほどの意味でしょう。
ヒトとイカほどにも“あり方”の違う「実存」の間にすら共通点を「感知」しようと努める姿勢が、ヒトの間の戦争を決定的に防止する方法になる、ということです。
逆に、ヒトを尊重するだけの姿勢は、実はある種の排他的な境界線が前提になっているが故に、他のヒト集団との対立が生じた時には、それを解決するだけのチカラを持ち得ない、ということでもあります。

さて、後半の中沢さんによる解説では、さらにかみ砕いたような初学者向けの説明と、中沢さんによる専門的な解釈の説明とが、加えられます。

例えば、バタイユのエロティシズム論の解説が、後者の例です。
20世紀前半のフランスの思想家バタイユによる「エロティシズム」とは、生物の個体が、個体としての非連続性を自ら壊して集団の連続性の中にとけ込んでいこう、とする傾向のことだそうです。
途中からバタイユ自身の思想なのか中沢さんの考えなのかがはっきりしなくなりますが、戦争は「エロティシズム」の現れの一つと解釈されます。
一方で、平和には、戦争がないというだけの「平常態」としての平和と、愛と慈悲とによる積極的な「エロティシズム態」の平和がある、とされます。
波多野さんが主張した平和への鍵は、エロティシズム態の平和だ、というわけです。

このあたりは、自分が考えている“カテゴリー”に何でも当てはめることが目的化する、という学者の悪いクセが出ているような気もします。
生物学や社会学のように実物を扱う見地から具体的な反論を加えたくなる点も少なくありません。

しかし、中沢さんはさらに先に進みます。
狩猟の延長としての戦争がさらに進んで遠距離攻撃や大量破壊が可能になった現代の戦争を「超戦争」と呼び、それならば平和にも「超平和」があるはずだ、というのです。
「超平和は平和の単純な延長上にはあらわれない。平和は思想的なジャンプをしなければ、超平和には触れることができない」と言い、日本国憲法第九条こそが「超平和」の「概念」を表現しているのだ、とまで主張しています。
また、エコロジー思想を、「自然との戦争状態に「停戦」をもたらそうとする運動」とも呼んでいます。

そういう考え方は、類推的な思考としては面白いと思います。
平和やエコロジーを求める方向性にも賛成です。
ただ、それらに向かっての現実的な働きかけを意図して書き始めたはずの作品としては、中沢さんの解説部分の先走りが残念です。
例えば、憲法九条が有効であることの具体的な理由こそが必要とされている場面で、「超平和」という新しいカテゴリーに当てはめるだけで、根拠を説明したつもりになっているのです。
本当に残念です。

なお、波多野さんにとっての「イカの実存」にあたる私の考えは、“鉱物のたましい”です。
生物学に興味のある私にとって、動物に知性があるのは当然です。
従って、、“私”の“共感”を、少なくとも植物、できれば鉱物にまで拡げてみたい。
それも、生命や知性を持つものが優れているのではなく、それらは“鉱物のたましい”とでも呼ぶしかないものの特殊な現れに過ぎない、という方向での解釈も可能なのではないか。
そんな考えをずっと持っています。


イカの哲学 (集英社新書 0430)

イカの哲学 (集英社新書 0430)

  • 作者: 中沢 新一
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2008/02/15
  • メディア: 新書



2009-11-02 02:40  nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0)  共通テーマ: [最近読んだ本]

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。