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『魔法少女まどか☆マギカ』(テレビアニメ)

観て良かった、と心から思えるアニメ作品でした。
表題や絵柄から想像されるような、少女向けあるいはオタク向けに限りません。
ファンタジーやアニメへの抵抗感さえなければ、大人が、楽しんで、感動して、解釈して、思考を広げられるような、素晴らしい作品でした。
私は、そういう作品のことを“文学”だと理解しています。

まずは、全く知らない人のためにあらすじを。
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主人公まどかは、素直で年相応に子供っぽい中学生女子です。
そこに現れるのが、言葉を話す小動物キュウべえと転校生ほむら。
キュウべえがまどかを魔法少女の仲間に誘う一方、実は魔法少女だったほむらは邪魔をします。
まどかが決断を先送りしている間に物語は進行して「魔法少女」の秘密も少しづつ明らかになってきますが、それはとんでもないものでした。
世界の歪みが具現化した「魔女」と命をかけて戦う、というところまではまだしも、全ての「魔法少女」がいつかは「絶望」や「呪い」に捉われて「魔女」になってしまう・・・というのです。
キュウべえは、その過程で大きな利益を得る異星人で、それ自体には善悪がありません。
一方のほむらは、特別な能力で全てを理解した上で特にまどかを守るために独りで戦い続けていた「親友」で、最終盤になってようやくまどかに全てを伝えることができました。
しかし、そこに最悪の魔女「ワルプルギスの夜」が出現します。
大自然災害となって現れる程の圧倒的なチカラを前に、ほむらも力尽きてしまいます。
仮にまどかが最強の魔法少女になって「ワルプルギスの夜」を倒しても、まどか自身が世界を滅ぼす程の「魔女」になってしまう運命が待っています。
八方ふさがりに見えるこの最終局面で、まどかがとうとう下した決断とその結末とは・・・。
「祈りを絶望で終わらせたりはしない」
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私は、まどかの最後の思いが全てだと思います。
後に読んだ関連本などでは、もう少し具体的な手段にまで落としこまれて結ばれたキュウべえとの「契約」やその驚くべき結末、魔法少女と魔女の関係等に関心が集まっているようですが。

“世界を救いたい”でも(ほむらが願ったように)“最初からやり直したい”でもない、
「(古今東西全ての魔法少女たちの)祈りを絶望で終わらせたりはしない
という望みは、本当に味わい深い言葉です。
作品の枠を越えて現実社会に持ち込んだとしても、これよりも人間愛に満ちた言葉を、そう簡単には見つけられないのではないでしょうか。

そもそも「魔法少女」という型式を取り払えば、物語構造を次のようにもまとめられます。
社会には、様々な歪みが生まれ続けている。
強い意志を持った全ての人は、命をかけてその歪みと戦い続けている。
しかし、社会の歪みに限りはなく個人の人生には限りがあるので、戦いの果てが絶望や呪いで終わることも多く、その絶望や呪いが元々の祈りに応じた新たな歪みとなってしまう。
さて、新たな歪みを生まずに“私”にできることは一体何なのだろうか。
自分自身も含めた全ての努力した人が、たとえ道半ばであろうとも安らかな心で結末を迎えられるように、と“心から祈る”ことではないのだろうか・・・。

ちなみに、作品としての驚くべき結末とは、まどかが古今東西に偏在するひとつの「概念」となり、「魔女」が生まれないように宇宙全体が再編成される、というものです。
歪みがなくなるわけではないので、魔法少女たちは相変わらず「魔獣」と戦っていますが、最期は「魔女」にならずにただ消滅します。
「魔女」のいた世界と表面的には何も変わらない、とすら言えそうですが、魔法少女たちの魂が「まどか」によって少しづつ確実に救われています。
敵を倒すことで世界を一時的に救う(歪みは別の形で現れる)のではなく、歪みと戦っている人たちの心を救い続けているのです。
絶対神とは言わないまでも、阿弥陀如来かマリア様、あるいはワルキューレのような存在ですね。

さて、『ユリイカ』の特集号までもが発刊されたことから分かるように、既に社会批評の対象にすらなって、あらゆる方面から論じつくされているようです。
例えば、少女の成長物語である、といった解釈は分かりやすく、原作者たちが意図した所でもあるでしょう。
私が驚くのは、多種多様な解釈・分析に対してこの作品があらかじめ完璧に準備されているように見える、という点です。
原作者たちによって考えつくされた結果でもあるでしょうが、彼らが思ってもみなかったような方面からの分析にも堪えているように思えます。
これは、よく言われる「文学」の特性を満たしているのではないでしょうか。

もう一つ挙げてみます。
『ドン・キホーテ』を文学として論じる人たちは、自己批評や分野批評という特徴によく言及します。
『まどか☆マギカ』は、自己批評という形で作者が見える作品ではありませんが、「魔法少女」という型式を批評的に踏まえている、という意味で、少なくともアニメ界における『ドン・キホーテ』的な作品の一つ、と言えそうです。

実は、近年、アニメ作品で同様の感動・感心を経験することが珍しくなく、驚いています。
特にチカラを入れたように思えない普通の作品でも、見たまま以上の広がりがあるのです。
(『まどか☆マギカ』は全ての制作領域でものすごくチカラを入れた作品だと思います。)
本来?の文学畑の有名な新作小説やそれを原作にした映画などで、せいぜい見たまま程度の内容しか感じられない作品にがっかりすることが多いのと比較して、文学的?才能や意欲を持った人たちがアニメ・漫画などの分野に流れてしまっているのではないか、という印象を持ち始めています。




魔法少女まどか☆マギカ 1 【通常版】 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: アニプレックス
  • メディア: DVD



出版物で作品を知るには最適な公式ガイドブック:

魔法少女まどか☆マギカ公式ガイドブック you are not alone. (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

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  • 作者: 原作:Magica Quartet
  • 出版社/メーカー: 芳文社
  • 発売日: 2011/08/27
  • メディア: コミック



『まどか☆マギカ』に関連した社会批評集の一例:

ユリイカ2011年11月臨時増刊号 総特集=魔法少女まどか☆マギカ 魔法少女に花束を

ユリイカ2011年11月臨時増刊号 総特集=魔法少女まどか☆マギカ 魔法少女に花束を

  • 作者: 悠木 碧
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 2011/10/20
  • メディア: ムック


2012-05-04 17:51  nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0)  共通テーマ: [映画・テレビ]

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